曹洞宗とは

曹洞宗は、禅宗の一つである。鎌倉時代に道元が中国から日本へ伝えた。本山は、福井県の永平寺と横浜市の総持寺である。

坐禅を修行の中心に据え、ただひたすらに坐禅を行うことを、最も重視する。即心是仏という、坐禅の状態で日常生活を生きていくことを説く。禅戒一如とも言い、坐禅で学んだことが、生活に現れるという考えからである。坐禅の教えを依りどころにしており、坐禅の実践によって得る身と心のやすらぎが、そのまま仏の姿であると自覚することにある。そして坐禅の精神による行住坐臥(ぎょうじゅうざが、”行”とは歩くこと、”住”とはとどまること、”坐”とは坐ること、”臥”とは寝ることで、生活すべてを指す)の生活に安住し、お互いに安らかでおだやかな日々を送ることに、人間として生まれてきたこの世に価値を見いだしていこうというのである。

南無釈迦牟尼仏を唱え、釈迦を本尊とする。臨済宗の看話禅が対話型の禅であることに比較して、曹洞宗の黙照禅は、黙々と座ることによって、人が持つ仏の心性があらわれ、仏徳がそなわるとしている。

私たちが人間として生を得るということは、仏と同じ心、仏心を与えられてこの世に生まれたと、道元は説いている。仏心には、自分のいのちを大切にするだけでなく他の人びとや物のいのちも大切にする、他人への思いやりが息づいている。しかし、私たちはその尊さに気づかずに我がまま勝手の生活をして苦しみや悩みのもとをつくってしまいがちである。

釈迦、道元、瑩山の教えを信じ、その教えに導かれて、毎日の生活の中の行い一つひとつを大切にすることを心がけたならば、身と心が調えられ私たちのなかにある仏の姿が明らかとなる。日々の生活を意識して行じ、互いに生きる喜びを見いだしていくことが、曹洞宗の目指す生き方といえる。曹洞宗の寺院での僧侶の生活は、まさに坐禅と作務(寺院における日常生活)の繰り返しである。同じ禅宗でも臨済宗が幕府に近かったのに対し、曹洞宗は地方の民衆の中にとけ込んでは布教をしていき、現在でも全国に約15,000近くの寺院があり、これはどの宗派よりも多い数である。

曹洞宗の仏壇では、一仏両祖の三尊仏形式で祀る。本尊は釈迦牟尼仏で、右に高祖承陽大師道元禅師、左に太祖常済大師瑩山禅師を飾るか、一仏両祖を一本とした、三尊仏の掛け軸を飾ることもある。

禅宗の葬儀は、今の仏式葬儀の元になったとも言われている。曹洞宗の葬儀では、授戒と引導が中心になる。仏前に唱えるお経は、修証義や般若心経が中心である。

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